このブログは中学生のころの自分に向けて、あるいは将来の自分の子供に向けて「学びがあるな」と思ったことを中心に書いています。
それで、今回は少し抽象的/哲学的(?)な内容ですが
「”宗教”という言葉を多用する人のところにお金は来ない」
というテーマで書いておく必要があるな、と思ったので記事をまとめます。
今回、なぜそう思ったかと言うと「中田敦彦のYouTube大学」で以下のコメントを付けまくっている人がいたからです。
「さぁきました中田敦彦のマネー宗教口座w」と4~5か所にコメントしている人を見かけたからです。
わざわざ“宗教”と付けているのが根深い。
断言しますが、この人はお金持ちではありませんし、これからお金持ちになる可能性も極めて低い人です。
自分の子供にはこのような人になって欲しくないな、と思ったので記事にまとめます。
日本人はよくわからないものを”宗教”と言いがち
正確なデータはわかりませんでしたが、日本人の7割近くが無宗教であるというデータがあるそうです。
NHKが1996年に行った「全国県民意識調査」というものがあるが、全国平均では、信仰を持っている日本人の割合は31・2%であった。ギャラップ社の調査よりは高いが、7割近くが無宗教であるということになる。
なぜ日本人は信仰を聞かれて「無宗教」と答えたがるのか
そういう私もアンケートがあったら「無宗教」を選択すると思います。
新年は初詣するし、墓参りでは線香をあげるし、クリスマスはパーティするんですけどね。
多くの日本人にとって「宗教」は「得体のしれないもの」なので、「よくわからないもの」の代表として「宗教」という言葉が使われています。
そして、「よくわからない」ということと「嫌い」という感情はとても近いので、「宗教」は嫌いなものとして使われることも多いです。
つまり、“宗教”という言葉を「私はその言葉がよくわからなくて嫌いなので”積極的無知”ですよ」という意味で使っているということですね。
“積極的無知”の姿勢ではどんな有益な情報も無意味
前述の中田敦彦のYouTube大学は両学長の本を紹介しており、あっちゃんの要約力/解説力もあって情報としてとても有益な内容になっています。(一応リンクを貼っておきます。)
上記の動画は両学長のYouTubeと若干異なる内容もあるので要約し過ぎな部分もあるのだと思いますが、一度見る価値は十分あります。
ただ、どんなに有益な内容でも「さぁきました中田敦彦のマネー宗教口座w」とコメントした人には無意味です。
だって吸収する気ゼロですから。
おそらく、この人は「お金=いやしいもの」、「お金の話をする人=守銭奴」と思っているのでしょう。
そして、自らお金を遠ざけているのですからそういう人のところにお金は来ません。
もしあなたがお金持ちを目指すならお金持ちの言葉を使わないといけませんし、お金持ちの使わない言葉を使ってはいけません。
少なくとも「宗教」という言葉を使って積極的無知のままでお金持ちになった人はほとんどいないでしょう。
知識はリスクヘッジの第一歩なので積極的無知でいてもいいことなんて一つもありませんよ。
まとめ
「宗教」という言葉を使う人がお金持ちになれない理由はシンプルで「積極的無知」で居続ける言葉だからです。
ある意味、日本人の「お金」に関するリテラシーの低さと「宗教」という言葉は「よくわからないもの」という部分で共通なので親和性があるのかもしれません。
ただ、そういう言葉はお金持ちを目指すなら絶対使ってはダメです。
ビジネスでも投資でも積極的無知で成功した人はいないのですから。
それにしても「宗教」を使う人はお墓参りでお線香をあげたことはないのですかね?
まるで「宗教」によって親を殺されたような、あるいは100万円以上騙されたような勢いで使われますが、何があったのでしょうか?
ではでは。
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